進む道としてよろしくないものとして、益軒さんは三つ挙げている。
俗人の道。欲のおもむくままに生きている上に、礼や儀にも反した態度を示し、気を養うというようなこともしない。これは、万物を成り立たせている、理と気の二つを共に失う道である。
仙術士の道。仙術の士というのは、仙人をイメージすれば良いのでしょう。気を養い、様々な術を身につけることには懸命だが、世の道理というものを好まず礼儀というものを気にしない。理を失う道である。
陋儒の道。この陋儒(ろうじゅ)という言葉がよくわからないのですが、陋というのは場所や心が狭いことを示し、儒というのは儒教に通じる言葉でしょうから、理に凝り固まって偏狭な人という意味だと思われます。こういう道は、理に偏って気を養うということを忘れる道である。
養生の道は、理も気も養うことを目指す必要がある。
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