2012年12月15日土曜日

へるとふさがるとは、元気の害なり


 友達などと寄り集まってわいわいがやがや、楽しいね。気分も良くなり体にもよかろうと思うね。けどね、それも過ぎると、気を浪費して元気がなくなってくるんだな。騒いだあとの虚脱感ってあるよね。

 だからといって、家にじっとして、人付き合いもしないなんてことをすると、今度は気が巡らず、一人でウジウジ。こうなると鬱々となってきてしまい、やはり元気がなくなるね。

 そのへんの加減が大切だね。

2012年12月14日金曜日

心ゆたけくして物とあらそはず

 上手な料理人が牛を解体するときには、刀の刃こぼれは起きないそうだ。牛の骨と骨の間には、刃に比べれば充分な空間があり、そこを逃さず捌くことができれば刃こぼれなんざぁ起しゃしないらしい。19年間牛を裁き続けて、刃を研ぎに出したことがないという名人料理人の話が荘子のなかで語られている。

 生きていくうえでも、心を広く豊にもって、周囲と無理に争うことなどせず、理にしたがって行動していれば、世の中との軋轢なんざぁおこりゃせず、広い天地を進んでいけるよ。

 そんな風に生きていければ、その人はきっと長生きできるね。

 それにしても、益軒さんの養生訓は、どうも人生訓のようだね。

2012年12月13日木曜日

目に精神ある人は寿(いのちなが)し

 眼を見ると元気かどうかわかることがあるね。眼力があるとかないとかいう言葉も使うね。眼の輝き具合で、体調のよしあしや、心の好不調がわかるなんてことは良く経験すること。

亡くなった方の眼というのは、覗きこむとすでに輝きはなく、動きも当然なく、もう何も見ていないまさに死んだ眼になっている。眼力というのは、生命力のバロメーターなんだね。

眼に精彩があり力のある人というのは元気で長生きできる人が多いね。いつもどろーんとして精神が宿っていないような眼をしている人というのは生命力も乏しくなかなか長生きは望めないね

輝く眼をして、生きていきたいものだね。

2012年12月12日水曜日

胃の気の脉

 漢方のほうでは脈診というのがありまして、脈の具合で体の調子を診るという方法論があります。これはどうもわかりにくいもので、現代日本でこれを診療にきっちり取り入れている医師というのは少なかろうと思います。しかし、漢方的脈診は行わないにしろ、脈の具合というのは必ず触れます。

 ナイチンゲールが、脈の性状を細かく観察していたのは有名なことで、目の前の負傷兵が助かるのかどうかもある程度脈で判断していたようです。脈は個人差があるので、普段から自分の手首の親指側で、動脈の拍動を触れておくと体調の変化がわかるかもしれませんよ。

 益軒が元気のある人の脈として書いているのは、長すぎず短すぎず、遅脈でもなく速脈でもなく、強すぎず弱すぎず、年齢相応の脈、云々としていますが、なかなかよくわからないものですね。丁度良い脈ということなのでしょうが、丁度良いというのがどのあたりの加減なのか難しい。なんとなく雰囲気はわかるんだけどね。

2012年12月11日火曜日

忍は身の宝也


 日本人は既に我慢するなんてことを忘れ去った民族ではなかろうかと思ったりする今日この頃。禍がいろいろ起こるのも仕方がないのかもな。
 昔の言葉に、忍というのは身の宝であるというのがあるそうな。忍ぶことができれば禍いが身に降りかかることはなく、逆に忍ぶ事ができなければ禍が起きてしまうということなのだ。ちょっとの我慢ができないばかりに、大きな問題へと発展することなんざ、よく見かけるね。

 そんな私も、ああ、あの時ちょっと我慢しておけばなぁ、なんてことを山のように繰り返してきたよ。やれやれ。

 養生の道でも、怒りや欲望をこらえるというのが本道よ。我慢の大切さ、今一度見つめ直すのが良いかもね。

閑(しずか)に日を送り

 いまどきこんな時間の過ごし方ができる人は少なかろうね。

 一人家にいて(これはできる)、静かに日々を送る、本を読み、詩歌を嗜み、香をたき、山紫水明を愛で、ちょいと酒を飲み、家庭菜園で取れたものを煮炊きして食べる。

 以上は貧乏人でもできる生活というのが益軒の考えだが、現代ならそこそこの生活ができている人でなければ、望めぬ境遇のような気がするね。

 ここんところはパスとしますか。

2012年12月10日月曜日

山中の人は多くはいのちながし

 益軒は、山中に住む人のほうが長生きしやすいと考えていたようだね。知らないうちに森林浴をしているというのもあるかもしれないね。低地より気温が低いから元気を内に閉じ込めてくれるということも理由と考えたみたい。

 また、人里離れているからやたらと人と交わる必要がなく、静かにすることができ、あまり便利ではないから自然欲も少なくなり、魚や肉を食べるチャンスも少ないことになる。そんなこと全部ひっくるめて、山中にに住む人が長生きしやすいと考えたみたいだね。

 でも現代の日本、どこに住んでいても情報が飛び交っているし、流通も発達しているからねぇ。山のほうに住んでいるから長生きっていうわけにはいかないかも知れないねぇ。

 結局はどこに住んでいても、心静かにし、元気を消耗するような付き合いはよしておき、欲をかきすぎず、肉食を控えるのがよいという益軒が考える養生の基本をつらぬく、ということですね。まあ、できる範囲で。